こんにちは!「ネットオフィスで働くテレワーカーたちのブログ」編集スタッフのさっちんです。
「テレワーク体験談」では、ネットオフィスで働く先輩テレワーカーの事例をご紹介します。こちらは、弊社の社内メールマガジン・週刊『ワイ・わい・Y's』に掲載した、ネットメンバーへのアドバイスを再掲しています。(2006年2月7日掲載分)
ワイズスタッフでWEBデザイナーとして活躍しているIさんが、フリーで仕事を始めたころから2006年まで、7年間の軌跡を3回にわたって振り返ります。前編では、仕事が安定しはじめた矢先に起きた失職の危機!?その危機を乗り越えた体験談、そしてワイズスタッフとの出会いについて書かれています。
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7年間を振り返って、今伝えたいこと・前編
建築パース屋としてフリーになって4年目。やっとクライアントからの安定した受注が確保でき始めていたころ、拓銀が破綻した(1997年)。建築関連の仕事が激減し、すでに走り出していたプロジェクトが次々ストップした。これはまずい、と新聞の挿絵やパンフのイラストの営業を始めたが、地元の仕事は限られていて新規の開拓に苦戦。時期を同じくして、建築関係の会社で会社員をしていた夫がクビになる……。
そのとき、Illustratorぐらいしか使っていなかった1台のMacが救世主になった。自分の作品集をインターネットで公開しよう!そうすれば、札幌以外の仕事もできるかも。まずAdobeのページミルというHP作成ツールを購入した。手持ちの作品のほとんどは、ポスターカラーや色鉛筆で紙に描かれたアナログ。それをデジタル化するために、プリンタよりも先にスキャナを買った。
HP作成ツールでは、頼んでもいない余計なタグを入れてレイアウトをぶっこわす、お金が取れるHPとは程遠いものしかできなかった。2006年現在、1万数千円で買えるスペックのスキャナが当時は10万円近くした。でもあのときこれらがなかったら、今の私はたぶんない。道具にお金を惜しんじゃダメです。貧乏でも。
なんとかHPも作った。全国相手に仕事をするならメールでデータ納品は必須。Windowsユーザーの友人に付き合ってもらって、メールが文字化けすることや添付データが壊れることがなんとなくわかってきたころ、ネットサーフィンをしていて、由利ママのHPを見つけた。当時は田澤社長がそんなにすごい方だとも知らず、募集職種分野に自分が通用するスキルがあるのかどうかもわからないまま、「北見(北海道内)でやってる人がいる」というだけで、ワイズスタッフの参加申請フォームに入力した。その次の日、電話が鳴り、午後には新千歳空港のカフェで田澤さんと向かい合ってコーヒーを飲んでいた。
それから2週間もしないうちに、正式にワイズスタッフのメンバーに参加させていただくことになった。心の準備もネットスキルの準備もしている余裕がない状態で、ROM(※)をすっ飛ばしてあるプロジェクトのメンバーになってしまった。HTMLも書けないのに、HP更新作業の担当をさせていただくことに……。
※ROMとは業務の流れをモニターする形でプロジェクトに参加することです。ワイズスタッフでは、この『ROM制度』をOJTの一環として設けています。
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(2009年11月13日公開記事)
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